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未明に社員寮からふらりと歩み出た折は、
ちょっぴり寝ぼけつつもまだ人の姿でいた敦だったのだろう。
それが何を切っ掛けにしたものか、太宰らが見つけた携帯端末が落っこちていた辺りにて、
自身の異能“月下獣”が発動して仔虎の姿に転変してしまったらしく。
のちに敦本人に聞いたが、夢遊病等の心当たりはなく、
それほど疲れていたものか、
それとも何かしら印象深い夢を見ていて身体がそれへ反応してしまったか。
___ 私や芥川くんが見たことのある、そりゃあ大きな白虎じゃあなかった辺り、
子供に戻っちゃうような夢でも見ていたのかな?
そんな段階を経てののち、
当人、まるきり覚えがないまま、まずは芥川に見つかり、
その後 皆さんに見つかったという運びであるらしく。
知己だという覚えはなさそうな態度ながら、
それでも見つけてくれた顔ぶれに あやされるまま
キャッキャと無邪気にはしゃいでいたが、
それから 間もなくのこと、すうと素直に眠ったものだから、
『何処にも異常はないようだよ。』
それでなくとも幼すぎて何も引き出せなかったのに、
眠ってしまっては ますますもって詮議もならぬとあって。
此処はとりあえずと、マフィア組とは一旦別れた太宰らの手により、
寝ている間に探偵社の医務室へ運び込まれた彼だったものの。
社屋の中ではさすがに社長の思念も残っていたものか、
すぐにもその肢体への変化は起きて。
『おや見つかったのかい…って、ぇえ?』
『な…何が起こったのだ、今?』
与謝野や国木田が思いがけない幼児を見て驚いている間にも
何といつもの少年体型へするすると戻ってしまい、
それもまた不思議といや不思議な現象だったかも。
とりあえず医務室へと運び入れ、
テキパキと脈やら何やら一通り診察した与謝野が言うには、
痣もこぶもなければバイタルも正常で、外的にも内的にもどこにも異常はないそうで。
とはいえ、実際目撃したことを見なかったなんて片づけられぬし、そんなつもりもない せんせえ。
月の巡りのせいだろか、いやいや特に月食とかあったわけでもないぞと、
国木田も交えて、皆して首をかしげておれば。
『敦っ。』
それだけ心配だったからか、随分と大外まわりまで見回ってたらしい鏡花が帰還。
駆け込んできた彼女へ これこれこうだったとの事情を説明すると、
『…子供の虎?』
一つ空間にて寝起きしている鏡花にも、
敦がそんな姿になったなんて、前例という格好でも覚えはないようで。
無事に見つかったのならばとホッとしていたものが、
無心に寝入る少年の寝顔を覗き込み、
『……。』
口を噤んだままながら、
ちょっぴり物言いたげなお顔をして見せたが、それは後程 紐解かれること。
『まま、何はともあれ、無事でよかったよ。』
二度寝している恰好の敦は、その身の大きさや年頃だけじゃあなく、
昨夜からその拵えでいたのだろう、いつもの仕事着姿の彼に戻っており。
あの孤児院のお仕着せも、どこかへ消えたか影さえなくなっていて、
なんであの恰好だったのかも不思議といや不思議なことの一端で。
既に始業時間内、それも午前の部はあらかた過ぎてしまっていたが、
『さあ、業務に戻るぞ。』
徒に突々いて更なる不思議が起きても大変だろと、
医務室でそおと寝かせておかれ。
皆が執務室へと去り、いつもの空気が戻っての やや経ってから、
「 ……う〜〜ん。」
健やかな寝息がふと途切れ、
すうと深々、深呼吸のよに吸い込んでから。
背中をう〜んと伸ばしつつ、
それは太平楽にも大きく欠伸をしながら目を覚ましたのが、
測ったようにお昼丁度。
「おや、おはようさん。」
「おはよござい、ま、す。…あれ?」
こしこしと目許を擦っていたのも数刻。
目の前に居るのが女医殿で、部屋も寝床も普段と違う。
キョトンと目を見張り、動きが固まってしまった辺り、
自分の置かれている状況が判ってないのがありありとしていて。
狐につままれたようなとはこのことという顔や格好なのへ、与謝野がたまらず爆笑し、
その声で他の皆まで医務室へ集まってしまったほど。
「敦。」
「敦くん起きたのかい?」
「良かった、おはようございます。」
「何処か具合が悪いとかはないんだね?」
「まったく。皆でそれは心配したのだぞ?」
「は、はあ…。」
わあやっぱり此処って探偵社だ、何で、どうしてと。
本人からして疑問符だらけというお顔なところへ、
一体何がどうしたのだと国木田から問われても、
「え〜っと。」
それがその、何も覚えていないんですがと敦自身も困っているばかり。
なので、証拠代わりの画像やら動画やらを太宰や谷崎から見せられて、
そんな面白い、もとえ恥ずかしい事態になってただなんてと、
はわわ…と大焦りな様子に終始している始末。しかも、
「………。」
「鏡花ちゃん?」
同居人の少女からは、
やや俯いたままながら、無言でシャツを掴まれての、
物言いたげなお顔をされ。
どうしたの?と覗き込めば、
「私も、見たかった。」
「う。」
相変わらずに口数は少ないが、
恐らくは“仔虎になったところを”という意味だろう。
表情薄く、でもでも間違いなく不満げに
鏡花から ずるいと駄々をこねられた。
滅多に我儘は言わない子だけに、
「こ、これじゃあダメかな?」
うんっと頑張って唸って見せ、ポポンっと虎耳を出し尻尾を出し、
幼児じゃないけど虎さんだよvvという方向で、
何とか精一杯 “可愛い”を頑張ってみたところ。
「……。////////////」
可愛いかはともかくとして、
不器用な少年の切なる“精一杯”は何とか伝わりはしたらしく。
尻尾の先を両手できゅうと掴み締め、
「今日ずっと。////」
「うん。今日はずっとこれでいようね。」
何時も控えめなおねだりしかしないねぇ、鏡花ちゃん。
だって、敦が困るのはイヤ…という会話が、後日 谷崎くんとの間であったとか。
何とも慎ましい甘えっこに社内の空気がほのぼのと温まる中、
「国木田くん。
あの二人って谷崎くんとことあんまり変わらなく見えるのは私だけだろうか。」
「いいから、貴様は今日一杯は敦に触らないよう気をつけろ。」
「はぁい。」
結構な度合いで朴念仁な国木田さんも、
甘やかす方向性ではぶれないところ、
さすがは探偵社のお母さんと 誰かが言ったとか言わないとか…。
to be continued.(18.10.14.〜)
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*事態としては収拾しましたということで。
もうちょっとだけ、後始末篇が続きます。

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